Wednesday, May 19, 2010

You can't find them in Hanoi



今日気づいたんだけど、ハノイに来てから、beggar を見ていない。
見ていないだけで、いるのかもしれないけど、少なくともメインストリートで待ちうけている、ということはないらしい。

PA190476

アルジェリアでは、道端に普通に物乞いがいた。
ムスリムの国なので、貧しい人に恵む(ザカートというらしい)のはイスラム教徒の義務とみなされているらしく、普通の人が普通にお金を恵んでいた。

Under construction

僕も、しばしば、パン屋の前に座っている物乞いのおばさんにお金をあげて、投げキスを返されたりした。
まぁ、そんなお礼はいらないけど。

Fish store beside the railway track

ウガンダでは目立たなかったけど、不自由な人が道端に座り込んで物乞いをしているのを見た覚えがある。



エチオピアでは、去年の夏には道路にたくさん物乞いがいて、信号待ちの車のすぐそばまできて(危ない)、フロントグラスをたたいて「恵んでくれ」とせがんできたので、当時のボスの発案でドライバーに小銭を渡しておいて、しばしば恵んだんだけど、エチオピアの道交法が改正されて恵んだ方も罰せられることになってから、すっかり見かけなくなったみたい。
でも生計を断たれた物乞いが犯罪に走らないかと心配されているとのこと。



ハノイでは、まとわりついてくる売り子はいるけど、物乞いは見かけない。
全体的に豊かだからなのか?
共産主義国だからなのか?
良く判らないけどね(アルジェリアも共産主義だね、国の名前だけから判断すると)。



そういえば、こないだ twitter で知ったんだけど、上海あたりでは最近はローカルの方が日本人よりも待遇がいいらしい。
もちろん、それなりに優秀な人の話なんだろうけどね。日本人以上の待遇でないと、管理職が見つからないらしいよ。。。

そのうち日本でモノを作った方が安上がりになるかもね?
時代は動いているんだなぁ、と思う次第。
日本人である、と言うだけでお金持ちの時代はもうすぐ終わりかもしれないね。
新興国の需要が日本の製造業の業績を上げているそうだし、これはどうやらパラダイムシフトの時代なのかな?

何を指針とするか見えない時代だけど、毎日毎日、いい仕事をするように心がけて、自分を少しずつ磨いていけば、楽観しても良いんじゃないかな、と僕は思うな。

Sunday, May 16, 2010

Can you guess my nationality?



"Can you guess my nationality?"
という質問を、ここハノイでいろんな人にしているんだけど、その答えはと言うと。。。



「シンガポールから来たの?」
「インドネシアでしょ?」
「ラオス?」
「カンボジアだよね?」
「香港?」
「タイから?たいへんだよね、今」
「うそっ!やっぱ、シンガポールでしょ?ねぇ?」



なんでやねん。。。

Funny story in Ethiopia



エチオピアの地方に行くと、別にエチオピア以外の途上国もそうだろうけど、子供がたくさんいる。
彼らにとってはアジア系が珍しいのか、道を歩いているとわらわらと子供が集まってくる。
そして、彼らは口々に「チャイナ!チャイナ!」と言う。
そう、彼らにとってアジア系は、それが日本人だろうか、韓国人だろうが、フィリピン人だろうかお構いなしに、「チャイナ」なのだ。



僕にとって、この「チャイナ」という言葉の響きは、アルジェリアで散々浴びせかけられた「アリババ(「泥棒」という意味で、アルジェリアなどで中国人を呼ぶ蔑称)」に極めて近い嫌な印象を与える。
なので、こちらは半ばムキになって「ジャパン!」と言い返す。
幾度もこれを繰り返すうちに、一緒に行動しているローカルのエンジニアとかドライバーも一緒になって「ジャパン!ジャパン!」と言い返してくれるようになった。



そんなある日のこと、ごあいさつの「チャイナ!」の連呼に対して、いつものように、ドライバーやローカル・エンジニアと一緒に「ジャパン!」と返事をしていたところ、いつの間にか、僕たちへの呼びかけが「ジャーマン!」に変わっていた。
どうやら、「ジャパン」を「ジャーマン」と聞き違えたらしい。

そう呼ばれた僕は、ローカルの人たちと顔を見合わせて苦笑い。
「まぁいいか。ジャーマンでも」
と、笑いながら「ジャーマン!ジャーマン!」と返事をしたのでした。



まぁ、個々人と付き合ってみると、中国人だろうが日本人だろうが、エチオピア人でもアルジェリア人でもベトナム人でも、ほとんどの人がいい人なんでしょうけど、集団になるとそうではないのが、どうやら "This is the fact in everywhere else in the world." のようですね。

Saturday, May 15, 2010

Night View

Nightview of Hanoi

ハノイの夜景。
高いビルから見たものだよ。
綺麗に見えたんだけど、日本の夜景とは、絶対的な光量にどうやら大きな開きがあるみたい。
まぁ、推測にすぎませんが。

Night view of HCMC

こちらは、飛行機から見たホーチミン・シティの夜景。
ホーチミンの方がずいぶん大きいみたいだね。

Running through the night

飲みに行った帰りに、タクシーの窓から撮ってみた。
流し撮りじゃなくて、タクシーとバイクの速度があっていたんだろうね。



うまく速度が合わないと、こんな風になってしまうみたい。
でも、この失敗にめげずに、夜撮りにしばらくハマりそう。

EP-2にパナソニックのF=1.7をつけたら、どうなるのかな~?
もっと綺麗に撮れるような気もするけど。
こんど、Y/Cの Planner 50mm F=1.4をつけて、試してみようかな?
でも、マニュアルになるから夜のピント合わせは苦しそうだなぁ。。。

Friday, May 14, 2010

Sunset of Hanoi

Sunset of Song Hong

紅河 (Red River) を渡る Chuong Duong 橋からみた夕日。
Red River はハノイの北から東にかけて流れる大きな川でたくさんの橋がかかっている。
遠くに Long Bien 橋が写っているのだけど、この Long Bien 橋は一度じっくりと写真を撮ってみたいと思わせる特徴的な形をしている。

Sunset of Tay Ho

こちらはハノイの北側にある 西湖 (West Lake) の夕焼け。
ハノイは水の都ですね。

Thursday, May 6, 2010

Thinking about Ethiopia in Hanoi



前回のエチオピア行きがかなり重い印象を僕に与えたことは、滞在中から感じていたし、日本に帰ってからも思い返すことが多かった。
まぁ、真黒い煙を吐いて坂を上って、ハンドルをすこし回した状態でまっすぐに走るという年季の入ったランクルで悪路を3,000kmほど走破して、赤茶色の埃にまみれながら標高1,800mから3,600mまで回ったんだから、それなりに思い出深いのは当然なんだけど、それだけじゃないような気がする。

Women's job...

目的が「水に困っている地方を巡る」というものだったせいか、首都アディスアベバでは見られない素顔のエチオピアの人々を見たような気がした。実際、女性や「子供」といっても良いぐらいの年齢の女の子が「水運び」という重労働に「ごく普通に」従事している姿は、僕に重い印象を与えた。



ある町なんかは、井戸の故障で公共水道がまったく機能していないという状況で、診療所で使う水にも事欠くありさまだった。あまりの貧しさに愕然とする、というよりも、現実として認識することを拒否した、という方が正しい。
神戸で水の供給を断たれたことはあったが、それは一過性のものだったし、あの時は神戸に援助が殺到して、急ピッチで復興に向かっていた。
でも、長期間にわたって水道がまったくない町、というのは現実として受け入れたくないものだった。
もしあなたが手術を受けることになったとして、執刀する外科医や看護師さんの手とか手術用具が汚れているけれど、水がないから洗えないという状況を、受け入れることができるだろうか?清潔な水がないから汚い水を汲んでくるけど、煮沸消毒する燃料がないからそのまま飲むという事を我慢できるだろうか?それで子供が病気になったり、命を落としたりすることに日本人の親は耐えられるものだろうか?



なんかすっかりエキサイトしてしまった。エチオピアの印象がまとまったかな?と思って、この投稿を書き始めたんだけど、どうもうまい具合にはまとまっていないらしい。
ただ、日本にいる時よりもベトナムにいる時の方が、エチオピアでのことがより印象的に感じられるような気がする。



ハノイで日本食を食べようと思っても、日本食レストランにはまったく苦労しない。でもエチオピアでそんなものを望むのは論外というものだった。それだけ、エチオピアで日本人駐在員のご家庭に呼ばれて味わった日本食は、僕にとって感動深く、かつ美味しいものだった。



それ以上にハノイで感じることは、エチオピアには(正確にはアフリカには?)何もないというか、アジアはずっと発展しているというか、とにかくアフリカが本当に Developing ということかな?
ベトナムにいると、10年後、20年後にはすごいことになっている、ということを肌で理解するけど、アフリカで思ったことは、そういう状況に至るために必要なものがまだまだ欠けている、ということだった。



最近、根拠もなく思うことなんだけど、途上国援助ってのは、先進国に課せられた一種の富裕税みたいなものなのだろうか?と考えることがある。
もちろん、その国が先進国であるのは国民の努力と勤勉のたまものであるのは間違いないが、地球の資源という「公共財」を利用して豊かになったのも、また否定できないところじゃないだろうか?

かといって、途上国の言いなりになってお金を出せばいい(☆)というわけじゃもちろんないんだけど、アフリカ、アジア、日本を比較してみると、そんな気がしてくるなぁ。



まぁ、そうはいっても日本の幸福度は低いそうですから、まずは「幸福度」を高めることが日本人には必要でしょうか?

電車が1分遅れたことをアナウンスしなければならないってのは、どうなんでしょうか?
一分一秒を争うビジネスマンがカッコいいなんてことはビールの宣伝だけの話で、本当は自分が時間をマネジメントできるのがいいんじゃないのかな?
目的は予定を埋めまくって自分をすり減らすことじゃなくて、いい仕事をすることでは?
いい仕事にはいいアイデアが必要で、いいアイデアを生むにはオフの時間も必要で、そういったことで自分の時間をトータルでマネジメントできるのが、仕事ができるってことじゃないのかな?

効率化や生産性を追求しすぎて窮屈になって、会社は利益を上げても頑張った社員は窮々としているとか、他人を「無駄」とこき下ろしていい気になりながらも自分が「無駄」といわれるのを恐れているような状況とか、合理化やコスト削減に血道をあげていたら当の本人が削減されていたなんてことでは、「幸福」なんて望めないでしょうね。
日本でやっている「合理化(リストラクション)」ってのは、単に人減らしであって(ということは就労者のパイが減るということ)、本来あるべき「合理化」とはずいぶん違うんじゃないのかな?



日本人ってのは、もっと優しい国民性も持っていたんじゃないのかな~?
今の日本を見ていると、日本人の良いところが擦り切れてしまい、日本人の悪いところが強調されているような気がします。
みんなが豊かで幸せになれるようなソリューションを描けるような、そんな人になりたいところですね。

という感じでまとめてみましたが、支離滅裂な投稿になってしまいましたね。

(写真について)
今回使った写真は、最後の桜(神戸で撮った)以外はすべて、エチオピアで撮った写真です。

☆:エチオピアの首相は、温暖化は先進国のせいだから、温暖化による気候変動でアフリカが被る被害は先進国が援助してコンペイセイトするべき、という論陣の急先鋒だったような気が。。。

Wednesday, May 5, 2010

Loosing Reality

ハノイに帰ってきてから、昨晩フライドのフォーを食べながら考えていたんだけど、どうもこの状況は現実感を喪失している。
つい数日前までは日本にいたんだけど、今はベトナムでフォーを食べている。
そのまたつい3か月前にはエチオピアの赤茶けた大地をランクルで走破して、ダニにかまれた痒さを我慢しつつ、ときどきインジェラを食べていたと思うと、さらに現実感を失ってしまう。
この生活のもともとの始まりはアルジェリアなんだけど、アルジェリアの記憶は今では遠い昔。あの頃は、いろんなことが新鮮で、現実感もあったように思う。

日本での平日東京生活も、しんどかったけどあまり現実感がなかった。
移動のしすぎかな。
ハノイにはしばらくいるはずなので、こういう現実感の喪失に悩まされることも少なくなるだろう。まぁ、実際は悩んでなどいないんだけども。

追記:ベトナムのフォーにはいろいろな種類があるらしい。
With soup で食べるときのフォーは細い麺だけど、Fried にすると、名古屋のきしめん顔負けの、というよりきしめんの三倍もの幅がある麺がでてくる。
不思議~。

Tuesday, May 4, 2010

Osaka night view

Osaka Night View

大阪、キタ。
久しぶりに、夜の梅田を訪れた。



こういう写真が取れるようになったのは、EP-2をゲットしてからかな?
でも最近、灰色の空とかを撮ると、みょーなボケが写真に写り込むのが気になる。
素子に付いたチリのせいか、レンズに付いたゴミのせいか、何が原因か不明だけど、けっこう気分が悪い。
絞りを絞り込んだときに出てくるみたい。



まぁ、この日は久々に昔の仲間と楽しく飲めた一日でした。
二次会の記憶がほとんどないのが怖いけど。。。

今はハノイに再び帰ってきて、半そで半パンで NHK プライムをみている。
この移動距離の長さは現実感を喪失させるけど、まぁ、これが今の僕の人生だから、仕方がないか。
でも日本って、やっぱりいいところだなぁ。
細かいことをぐちぐち言う人や制度やルールがなければ、もっといいところなんだけどね。