海外にいると、しばしば考え方の違いに遭遇します。
住む国や地域、使う言語や文化の違い、それに歩んできた歴史の違いなど、考え方の違いを生み出す要因はいくらでもありますから、国境をまたげば考え方が違うっていうのは、実は普遍的な事なのでしょう。
特にスリランカにいて感じることは、この国の人たちはめったに謝らない、という事です。
まぁ、日本人が謝りすぎ、といった方が良いかも知れません。
それと、スリランカが面白いのは、この国が階級社会だという事です。格差社会でもいいかも知れません。
階級が上の方、つまり医者や技術者など社会の上層を占める人たちとは、結構考え方が近かったりします。
他方で、階級が中ぐらいの人たちに対しては、何か出来事が生じた際には、「なんでこんなに幼稚なことをいうのかな?」とか「正々堂々としてないな」とか「臆病だな」と思ってしまいます。残念な感じの人たちです。
階級が下の方の人たちとは、付き合いがないので良く知りません。
総じてスリランカの人たちは、穏やかで良い人が多いのですが、倫理性や道徳性、あるいは人間性や困難に向かう態度などは、僕の見る限り、階級が上の方がより良い考え方をしているように思えます。
これを僕は、教育レベルの違い、と解釈しています。血筋や環境の違いなのかもしれませんが、僕は自分の努力を反映できる方の考え方が好きなので、教育レベルの違い、と考えることにします。
あと、スリランカでは仏教の修養にいそしむ人が多く、心をコントロールする術を身に着けてようとしている人が多いように思います。これもやはり、階級の上の方にみられる傾向です。
そうそう、日本の仏教とスリランカの仏教は違うものと思います。スリランカの仏教は、宗教というよりも哲学に近いような気がします。
国が変われば考え方が違う、というのが今回のお題なのですが、考え方の違いは距離に比例しない場合があるようです。
以下の日経ビジネスの連載を読んで、なぜお隣の国がああなのか、よく判ったように思います。
考え方が全く違うというか、正反対なんですね。そのお隣の大国も、日本人とは正反対の考え方ですね。
まぁ、日本人の考え方、たとえば武士道のような言い訳しない姿勢の方が、世界では少数派、というか珍しいという事は、僕たちが海外と接する際には、良くわきまえておいた方が良いでしょうね。
今回の写真は、1~3枚目を Lumix G X Vario 12-35mm と OM-D E-M5 で、4枚目は Leica Macro Elmarit-R 60mm と Olympus E-5 で撮ったよ。
1枚目はスリランカの古都、キャンディの夕暮れ。二枚目と三枚目は有名な観光地、シーギリヤの写真だよ。
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