
今回のエチオピア行きではサイト調査用の靴を新調して望んだ。
仕事道具に常に気を配るのはプロとして当然の態度、などと言うと偉そうだが、実際にそうだと思う。前の靴は底がへたってきていたから、そろそろ日本のトレッキング用にしようと思っていたところで、出張前に地元の町でいい靴を見つけて購入したという次第。もちろん自腹。僕の仕事用装備は、実際のところ殆ど自腹なのだ。どうでもいいけどね。
灰色の靴だったんだけど、3~4週間におよんだサイト調査が終わった頃には、赤茶色の土ぼこりにまみれて、赤灰色になっていた。
「帰る前に、靴を洗いたいなぁ・・・」
そう思いつつ、とある湖畔の町を歩いていると、靴洗いの少年に呼び止められた。
靴磨きじゃなくて、スニーカーみたいな靴を洗う少年だ。
「いくら」
「5ブル」
「じゃあ、おねがい」
エチオピアの靴洗いは、靴磨きのように客は椅子に座って靴を履いたまま、靴を石鹸とブラシで洗ってもらう。違うのは、靴ひもを全部とることだろうか?
洗い始めたとたん、少年はきっと「もっと高く言っておけばよかった」と思ったに違いない。というのは、彼が石鹸をつけて洗い始めたら、白い泡じゃなくて赤っぽい泡がたって、それまでとは全然違う靴の本来の色が見えてきたからだ。
それとも、もともと外国人値段だったのか。
丁寧に靴を洗う少年の手元を見ると、ブラシの毛は相当に減っている。

少年は一生懸命に靴を洗ってくれる。
面倒くさいとか、手を抜こう、というそぶりは全然感じられない。
「何年生」
「6th grade」
日本で言うところの中学校一年生ぐらいか?
彼の仕事道具が入った箱の横には、粗末な紙の本が広げてあった。
安もののボールペンと一緒のところをみると、教科書だろうか?
いずれにしても、アムハラ語は全く読めないので、見当もつかない。
「学校に行くお金を稼いでいるのかい?」
なんとなく、僕は聞いてみた。
「そうだよ」
当たり前のように、答えが返ってきた。
汚れた靴を洗うのは、なかなか大変なはずだ。
きっと、普通の客を呼びとめておけば、仕事はもっと簡単だっただろう。
しかし、僕の靴にはエチオピアの土埃が堆積し、こびりついている。見ている僕も、大変な仕事だな、と思ってしまう。なんか、申し訳ない気分だ。
「将来は何になりたいの」
「医者になるんだ」
仕事をしながら学費を稼ぐ中学一年生というのは、50年ぐらい前なら日本にもいたかもしれないが、今はもういないだろう。
そもそも、靴を洗う少年も靴磨きの少年も、いないはずだ。多分、子供の労働は法律で禁じられているはずだ。
しかし、エチオピアでは学費を稼ぐためか、家族のために働く子供は社会のシステムの中に組み込まれている。彼らは町にふつうにいる。今回も、いろんな町で「靴を洗わないか」とか「靴を磨かないか」と声をかけられた。
子供の労働に賛成するわけではもちろんない。ただ、僕が見てきた外国には自動販売機なんて野暮ったいものはなくて、何を買い物するにしても、必ず人の手を介する。小さなお店なら一人。これがスーパーなら、レジ打ち、ガードマン(商品とレシートを出口でチェックする)、それに荷物を車まで運んでくれる人と、何もせずにだべっている人など、じつに3~4人もの人が僕の買い物という行為に関わる。単価が安いせいだろうけど、多くの人がいろんな仕事をするような仕組みに、どうやらなっているらしい。
「自分のクリニックを持てたらいいね」
そういうと、少年は少し笑った。
「兄弟とか、いるの」
続けて僕は聞いた。
「家族はいない」
「悪いことを聞いたね」
「気にするなよ」

すっかり綺麗になった僕の靴に紐を通しながら、少年は言った。
「ナイスな靴だね。初めて見たよ」
「日本で買ったんだ。気に入ったかい」
「いいね」
「医者になったら、君も買えるようになるよ」
少年は丁寧に靴の紐を締めあげてくれた。
マニュアル化されていないけど、なかなかのサービスじゃないか?
僕は立ち上がると、財布から10ブル出して少年に渡した。
「釣りはいらないよ」
「ありがとう」
はなからそのつもりだった。あの汚かった靴を洗うのに、5ブルは安いだろう。かといって、ここで100ブルを渡してはいけない。彼の教育に悪い。
「それと、これは勉強用だよ」
僕は、胸ポケットに差してあった三色ボールペンを渡した。今回のサイト調査の相棒だったボールペンだ。日本製のこのボールペンは、エチオピアの人々に評判がいい。インクもだいぶ減っているが、少なくとも彼のボールペンよりはましだろう。彼のボールペンにはない、赤色や黒色もある。
「ありがとう」
少年は、少し笑ったように見えた。
「じゃあね」
僕は手を軽く振ると、ホテルに足を向けた。
「ジャパン。こんにちは」
日本語で呼びかける声に振り向くと、カフェ・テラスでコーヒーを飲んでいた現地の人が手を振っていた。
「こんにちは」
歩きながらも、日本語で返してみる。
日本人と言われたのは、今回の出張では二回目である。一回目は、ヨーロッパ人の女性に道を譲った時だ。
じゃあ、この時に「ジャパン」と言われたのは、靴洗いの少年に些細なプレゼントを上げたのを見られていたのだろうか?
まぁ、どうでもいいことだ。

これはエチオピアのコーラ。透明なのは炭酸水(砂糖は入っていない)。
値段は安いところで5ブルほど、高いところは10ブル。首都アディス・アベバのシェラトン・ホテルでは30ブル。
再度記すが、靴磨きの少年に僕が払ったのは10ブル。
ちなみに、今回の出張では僕はポーターには大抵チップを10ブル上げた。重いスーツケースを二つも階段で運んでもらうんで・・・。
それから、エチオピアの地方では、学校は午前・午後の交替制になっているらしい。
つまり、午前中に学校に行く子どもと、午後に学校に行く子供がいる、ということ。
ハコモノ援助は減らすと、誰かが言っていたような気がするけど、アフリカって何にもないところなんだよ。
日本と同じ考え方をアフリカに当てはめちゃ駄目だよね。